じいちゃんち
| 久しぶりのじーちゃんち 1日目 |
| じーちゃんちへ行くのが結構遅くなった 一応主婦だからやんなきゃならないことを 片づけて出かけたい 体操服も洗っとかなきゃで遅くなる 「今、家を出るね」と、ばーちゃんちへрかける 「なんで、こんなに遅くなったのよ〜」 ばーちゃんは、ふくれ気味 「仕方ないでしょう。いろいろやっていたんだから お腹がすいてたら、先にご飯を食べていて」 そう言って、受話器を置く 遅くなってしまったことは申し訳ないけれど 過ぎたことをグダグダ言うのは好きではない 1時間ちょっとかかって、じーちゃんちに到着した 駅前まで迎えに来てくれたじーちゃんの話だと ばーちゃんが「遅い」とまだ、こぼしているらしい ここはやっぱり悪いのは自分だと思ったので ばーちゃんの顔を見るなり「ごみん」と謝っておく すると、怒ってないよだってさ(笑) みんな調子良いんだから、、 まっ遅くなったって 娘と孫がやってくれば嬉しいんだろうなあと 勝手に納得しておじゃました |
| じーちゃんちの悩み |
| じーちゃんちは6畳二間の借家です そしてじーちゃんは職人です 家でトタンとかを折ったりしています 家が工場でもあるのです じーちゃん71歳ばーちゃん75歳 お陰様で二人とも一応元気で 仕事も細々とですが続けています じーちゃんの口癖は 「自分の家の畳の上で死にたい」です じーちゃんは見栄っ張りです そんなじーちゃんは事あるごとに 家を買いたがります でも2000万以上の家は税務署から いろいろ調べられそうなので 買いたくないみたいです しかも仕事が出来るところをと望みます じーちゃんの仕事は音がかなりうるさいです ばーちゃんは今住んでいるところが一番なので 家を買いたがりません もう、この家に約40年近く住んでいます 大屋さんは早く出ていって欲しそうですが じーちゃんがおっかない人なので 我慢しているようです 家を買いたい人と買いたく無い人 常に口論となっているようです それでもいずれはこの借家も出なければならないでしょう なかなか全ての条件に当てはまる家は見つかりません 今回、きららは、じーちゃんに連れられて 何件か不動産物件を見てきましたが 良いなと思うと踏切のそばだったり 高かったり、車庫が無いなど これだという物がなかなかありませんでした あっ、そうそう、そういえば 工場だったところがたくさん売りに出ていました やはり不景気のあおりを中小企業が もろにかぶっている事を実感しました |
| 二日目の朝ご飯 |
| 朝ご飯のおかずが漬け物でした。 ばーちゃんは私の親だけあって、 ケチです。それはかまわないのです。 ただそのおかずを見て、 私達が来たのが負担だったのかな?と思いました。 昨夜も土曜の夜に弟夫婦が来るけれど、 母は、私に何か作って欲しいと急に頼みます。 店屋物は高いから取らない。 ごちそうするのは、お正月だけで良い。 母は、常々節約を心がけています。 だからこそ、家を買える位の お金を貯めることが出来たのだと思います。 でも、やはり訪問した方は、いろいろ考えてしまいます。 私が間違っていると想われる方もいるでしょう。 後で鮭が追加で出てきましたが、 箸をつけることをためらってしまいました。 |
| 朝のお散歩 生きる |
| 私は長く寝られません その日も早く目が覚めてしまいました いつもならパソコンを触るのですが、 じーちゃんちには、そんな物はありませんので お散歩に出ました 時刻は5時。場所は多摩川。 陽も登りかけていて、爽やかな空気でした 早起きさん達は、釣りをしたり ジョギングをしたりしていました 県境の方まで進むと、 川っぺりに何件かの家?を発見しました 家とは言っても、ベニヤを打ち付けて シートを屋根にして、 枝を組んで物干しにしているような家でした ホームレスの方々だそうです しかも日本人ではないらしい、、、 バブルの波に連れられて 日本に渡り、 今では住むところもままならない 方達の家かもしれません けれども感心したのはそういう家であったとしても ちゃんと玄関があり、庭があり、 花壇まで作っている家があったのです どんな状況にあっても、花を愛でる余裕を失わず 一国一城の主として暮らしておられるのかなと想うと 励まされるような気持ちになりました 地域住人の方達には疎まれているようですが せめてひっそり暮らしている方達を 静かに見守ってあげて欲しいと 無責任な私は思いました 彼らだって夏の照りつけるような熱さ 冬の凍えるような晩 きっとそれはそれは辛い物だろうと 私は勝手に思ってしまいました |
| 垣間見えた老い |
| 様々な場所へ両親と共に出かけました 車の運転はもっぱら父です 私はペーパードライバーですしね(汗) そして 実はとても怖かったのです それは訪れたことが無い場所とはいえ 道をたびたび間違える父 中央分離帯にぶつかりそうになる運転 ETC専用レーンに入ろうとしたり それはそれは冷や冷や物でした どうしてだか、とても焦っている運転 帰り道 知っているはずの道を間違えます 「あれ おかしいな。 あれ 間違えた」の連続です どうしてかはわかりませんが 父は常に焦っているような気がします 家のことも墓のことも 弟と父が墓の話をしているのを見て そんな年になったのだなと思いました 垣間見えた父の老い 71才 元気そうでもある程度の覚悟は 必要なのかなと思ってしまいました そして車のブレーキがとても甘いのです 早々に車検に出すことを勧めてきました |
| 2004年5月 |
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5月2日(日) |