思い出その他もろもろ振り返り


出生 二人兄弟の長女として生まれる 弟が一人
学歴 地元の普通科高校を卒業
小学生の頃 いじめられっこ。
立たされて頬をぶたれたり、
お前の物だったら 汚れても良いなと
男子に言われた記憶がある。
私をいじめた子ども達の顔と名前は、
今でも覚えている。
友達?となった子ども達は、
ことごとく引越しをしていった。
通知表には「一言多い」と何度か書かれた。
暗かったが、
自分ではそう自覚していない節がある。
中学生の頃 小学校でのいじめられ体験を
繰り返したくないとの想いから、
演劇部に所属。
自分に自信が付きはじめ、
言いたい事も、
だんだん言えるようになってくる。
しかし、生意気だと言う理由で
部活動でも上級生から
クラスにまで押しかけられて、
虐めをずっと受ける。
その時、クラスの子ども達は、
見て見ない振りをしていた。
もちろん その先輩の顔も覚えている。


「おまえ 一番女らしくないな」と
男子生徒に言われる。
しかし 近所の悪がき高校生に好かれ
クラスの虐めにはあわなかった。
守って貰ったのだろうな。
「俺の女をいじめるな」
らしい事を言ったとか言わないとか。

ちょっと 悪(女)とも知り合いになれたお陰で
一目置かれる?

この頃は勤勉家だった。
高校生の頃 入試には都立1本しか受験しなかった。
学校に入学した気の緩みから
勉強をしなくなり、
入学当初 学年で5番以内の成績が
急に下降線。
先生から何度も、
どうしたのだと聞かれたような気がする。
ただ 単に 頑張らなくなっただけの事。
卒業直前に
美容院にだまされて?パーマをかける。
その姿を女教師が見て
「せっかく 今まで 真面目にやってきたのに」と言われ
自分が悪い事をしたらしいと感じたようだ。

勉強をしなくなった変わりに
バイトにいそしむ。
スーパーのレジ 食べ物やさんのお運びなど。

高校生活最後の半年は、
「青年座」の研究生になる。

そういえば、高校の時に
「クッキング部」に所属していたが、
子ども達は誰も信じては、くれない。
初デート? 私をアルバムで見た他校の男子から逢いたいと言われ、
ダブルデートを経て、何度か映画などに行く。
けれど 自然消滅してしまったらしい。
その頃の私の洋服センスは、
最低だったなと今思う。
失恋 失恋した時に 寝ないで一晩泣き過ごす。
水分もなくなって、涙も出なくなったのに
朝、味噌汁を飲んだら、
又 涙が出てきたのは
今となっては、笑い話である。
卒業後 今で言う、フリーターだな。

家も裕福ではなく、
親も女は学歴など
無くても良いと言う考えだった。

本当は、短大位までは、
出ておきたかったのだけれどね。

青年座の養成所を受験。
しかし、あえなく 落ちる。
卒業講演を見ていた俳優に
自分の劇団へ来ないかと誘われ そこに入る。
あまり、舞台には立たせて貰えず、
便利屋として使われるのと
チケットの売り込みが嫌になる。
バイト(ファミリーレストラン)の方が、
楽しくなってきて、
いつの間にか、劇団は辞めていた。

この頃よりも今の方が、
良い演技ができそうな気がする。
旦那との出逢い ファミレスのバイト先で出逢う。
当時 旦那は大学生。
当時から旦那は優しかった。
今より身軽だったかも(笑)。
デートの思い出 待ち合わせ時間を
どちらかが間違えて、
5時間 新橋駅で旦那を待った事がある。
当時は携帯などと言うものもなく、
家に電話をかければ、
旦那の母が「待っていてあげて」
この一言で 待てたのだから すごいと思う。
でも 結局その日は逢えずじまい。
持っていた手帳に
バカバカと 書き殴っていた事を
旦那は知っているだろうか?
今は 5時間なんて 待てないだろうな。
駅員が哀れんだような
もしくは、
呆れたような目で
私を見ていたような気がする。

旦那が就職してからは、
仕事が忙しくて、
私は、何度かデートをすっぽかされた。
別れて!! これは、旦那が同僚の女性に
言われた言葉らしい。
私と別れて、その人と一緒になれば、
もっと幸せに出来るような事を
言われたらしいが
なぜか 旦那は私を選んだ。
どちらと一緒になっていた方が、
幸せになれたのかは、神のみぞ知る。(笑)
結婚 旦那も潮時と思ったのか、
付き合いだして5年で結婚する。
私の仲間内では 一番結婚が早かった。
当時の友達の半分は、いまだに独身である。

旦那は私のどこに惚れたのだろう?
最近聞いてみた。
「顔」だそうである 汗。
同居 そして 別居 新婚当初は 旦那の親と同居する。
お義母さんは とても頭の良い人で
料理も上手い。
しかし 育った環境の違いからか
私と何度か衝突する。
当時の私を見ていて、
旦那は、危機感を持ったのか、
親との別居を決めてくれた。
出産 子育て 結婚後、2年間は遊びたくて、
子どもは産まなかった。

出産の時に、上手だと
助産婦さんに誉められた。
産んでしまえば、
あの痛みもケロッと
忘れてしまうのだから不思議だ。

長男は、それこそ マニュアル通りに育てる。
長男自身は、自分に
手をかけて貰っていないと思っているが、
チビに比べれば
何倍も手もお金もかけて育てている。

子どもは、
自分の思ったようにはならないと悟った私は、
チビは手をぬきまくって、育てていた。

どちらが本人にとって幸せなのかは、
わからない(笑)。

子どもは
とても愛しい瞬間があるかと思えば、
どこかへ行ってしまえと思う瞬間もある。

様様な想いを抱えながら、
親も子も成長しながら、
生きていくのだろうね。

でも 子どもがいる事は 幸せな事だと思う。
なんだかんだ言っても
今は、親を一番に愛してくれている。
旦那に対して思うこと こんな、ずぼらな私に、
今は、だまされたと
思っているかもしれない。(笑)

辛い事や悩み事がある時は、
どんなに疲れていても話を聞いてくれ
意見を、してくれる。
私のやりたい事はやらせてくれるし、
強制に何かをやらせると言うことも無い。

強制もしないかわりに、
自分も好きな事をやっているが、
身体がしんどいのに、
無理をし過ぎるところがあるので、
それだけは、心配である。

子ども達が自立したら
二人でいろいろなところに
出かけたいと思っているので、
長生きをして貰わないと困る。(笑)

私を大切にしてくれる事に
大いに感謝しているが
もっと 自分の身体を気遣ってあげて
欲しいものである。

この人と出逢えて、
そして
一緒になれて良かったと思う。

いつも ありがとうの気持ちである。

こんなに優しい旦那の事を
人はただ私を
甘やかしているだけだ
そう言うかもしれない。

それを旦那に言ったら
それが男の甲斐性かもと言っていた。
そうかもなと少し思う。
最近の私 鏡を見れば、肌のつや、張りは失われている。
女だから美醜の衰えが、
哀しくないと言えば嘘になる。

精神的には、子どもで短気。
それでも、以前に比べれば、ほんの少し
待つことができるようになってきたと思う。

身体的には、無理も効かず、
しんどいと思う時が多々ある。

なかなか新しい事に
挑戦もできなくなってきているが、
それでも 日々起る事に
鈍感にならないように
いつまでも感じる心を持っていたいと思う。
ネット と ホムペ ネットに対しては、依存症。
ホムペは「今の私」を綴る場所。
誰も来てくれなくなっても、
ひっそりと この作業は続いていくと思う。
リンク 随分減ってしまったね。
見てもあまり言葉は置かないようにしている。
クッキーも消して、足跡すら残さない。