PTA活動 平成17年度


親の活動

今年はPTAの委員を中学でも小学校でも引き受けました。
(どうせ忙しいなら同じ年の方が良いため)
自分から進んでやりたい訳ではないですよ。
当番制でいつかは誰かがやらなければならないのです。
上は広報委員(なり手がいなかった為)
下は学年委員です。
保護者会に参加しなかった私は
運の良い事にどちらも役がつかなくてすみました。
下っ端でいられる事がこんなに楽とは思いませんでした。
しかも学年委員はやる事もすぐに決まり
今年度は集まりもなし。
広報と比べると凄い差です。
ただしセミナーがあり行ってきました。
その様子はこちら。良いお話が聞けたと思っています。
広報の集まりはこれからですが、
私が広報と決まったのを聞き、
兄ちゃんは大層ショックを受けていたようです(笑)
だって 誰もなり手がいないんだもん。仕方ないじゃ〜ん。(笑)


PTAセミナー

PTAとは体験学習です。
子供の通う学校の事を知ることが大事です
僕もPTAをやろうとしたら妻に大変だよ。と言われました。
勿論大変でしょう。「大変」とは大きく変わることですからね。
私達親は子供に何を伝えて身に付けさるかですね。
僕は子供に「感謝する心」を身に付けさせたいと思います。
どんな事でも「当たり前」と思わない。
当たり前って凄いんだな」と。
見えない世界を感じる。
見ようとする心、見つけていく力をつけさせる。
それ(見えない世界を感じる)が「思いやり」であり、
当たり前の影の人の力を感じる力をつけさせたいです。

「やらされている」と思う気持ちは「何で自分だけ?」に繋がります。
尊い」を感じられる行動とは、人間だけができる行動です。
困っている人を助ける。
大勢の人の為になっているんだなと思える気持ち。
自分自身に誇りを持てる行動をとれるかです。

ここに「灰皿」があるとします。
ある灰皿は「僕は汚い吸殻を押し付けられているんだ」と思っています。
ある灰皿は「僕がいるからテーブルが汚れないんだ」と思っています。
生涯悲しんで暮らすか、それとも違う気持ちで過ごすのか。

10あって9大変でも1得られる。その1がとても大きいのです。
PTAをやる事により、学校に来れる縁を作っている。
親の繋がりによって我が子の違う面や
情報を得る事ができるようになります。

自信というものは経験から生まれます。
やってみようと思う心からです。
挑戦する事が大切な事と知ることです。
うまく出来なくたって当たり前です。
尊い事は面倒な事です。だからこそ尊いのです。

「福祉」と言う言葉は幸福がずっととどまるという意味です。
満たされている状態がずっと続く事です。
「人の為に何が出来たか?」を
伝えていく事が親として大事な役割です。
活動をしていると様々な「苦情」や「不満」を聞かされます。
その時に「言ってもらってありがとう」と答えるのです。
言ってもらう事は自分を成長させるのに大切な事なのです。
文句を言われた時に責められていると感じてしまいますが
その時こそ思いやりを育てる良い機会なのです。
子育てに活かせる役割があるのです。
相手が怒っている事を理解する事が大切です。
そうする事によって
ワンステップ置いた物の接し方ができるようになります。

人には知恵があります。
知恵とは違う物・共通の事を見つけることです。
ただし自信はうぬぼれに繋がり、それ以外を認めなくなります。
知恵とは迷った時に使うもので、
批難するためのものではありません。
時に知識が邪魔をします。
知らなければ教えてあげれば良いのです。
自分にとって必要でなくても
他の人にとって必要な事もあります。

活動の為に子供が留守番をします。
その事により子供は誰かの為に役に立っているのです。
それを伝えていく事です。
この1年の活動を子供にどう伝えていくか。
どう生かしていくかですよ。

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セミナーで先生が話したことを書いてみました。
自分の行動は誰かの役に立つんだよと
子供に伝えていく事が大切なのですね。

何かを言われた時に「言ってくれてありがとう」
こう言う事により相手も立てられるし
自分も謝らなくてすみます(笑)
便利な言葉を教えてもらいました。

幸福が長く留まる
そんな人生でありたい物です。


第一回広報委員会(中学)

夜7時半より集まりがありました。
1回目と言っても
実は事前に参加できる人達で
たたき台は作ってあったのですが。
参加してみるとそこには立派な資料があります。
事前にアンケートを回収し、
1回目の出版の割り振りやら印刷方法やら。
すごいなあ〜が、まず第一の印象です。
メンバーも仕事をされている人が多いせいかな?
理論的で言うべき事は言う人が多く
でも押し付けではなくて、なんか良い感じです。
私の割り当ては委員・役員紹介のページです。
でも既に写真も撮ってあるそうです。
楽勝だな。
次の集まりは6月15日。
委員長をやっていたときから見たら
楽すぎてごめんなさいと言う感じ(笑)
楽しい1年過ごせるかもしれない。
そんな予感を抱いて帰ってきました。


広報順調〜

記事がそろそろ出来そうですよ
順調です
なので今までを振り返り・・・

1面担当で私達のページのコラムを書いてくれたNさん
まずこの方が面白い
携帯メールなのだが
「共に楽しみましょう\(^o^)/うひひひ」
「こんな感じで良いのかな〜?うひょひょ」
「委員会でいいんかい?←すみません、ダジャレです。
わかりますぅ?」と、とにかく明るく楽しい方なのである。

4面私と同じ担当のSさん
私がメールを送る時間が真夜中だったりするので
私の健康の心配をしてくれるし
「レイアウト作っておきますね〜」言ったが早いか
我が家のポストにほぼ出来上がった用紙が入っている
さらに改訂版はパソコンが専門の旦那をうならせるほどに
まるで業者が作ったのかのような
見事なレイアウトを作ってきてくださった

更に委員長
この方は広報に携わるのは初めてで
色々な不安を抱えながらも事前に回りに相談しながら
段取り良く議事は進行しているし
自分が表に立って頑張っている

皆さん 頭が下がります
凄い人たちが集まった物です
そういう私も健闘してますよ

でもね私の中に不安が無かったわけではないのです
つい先日読み返した以前の広報時代の記録に
「私は直しが多くてやりにくい」
その部分を読んだとき悲しさが甦ってきましたが
その言葉を思い出し
出来るだけ発案し原稿を書いてくれた
その人の気持ちを尊重しよう
そこに気がつく事が出来ました
でも それでも文章に繰り返しなどがあったり
長すぎたりすれば直しを入れねばなりません

「良いですよ〜好きに料理してください」と
言っていただくまで
そしてメールが返信されるまでの間
相手は不快に感じていないだろうか?
大丈夫だったろうか?
との不安が私を襲います

蓋を開けてみれば全て私の杞憂に終わりました

旦那に「私が委員長の時に
周りがこんな人たちだっらどんなに良かったろ〜」
そうこぼすと
「こんなメンバーありえませんから」
「みんな凄すぎだよ」
と言われました

性格も良く 仕事も早い 今回の広報部員
嬉しい驚きに出会ってます

でも 調子に乗りすぎないよう
相手の心のありようまで考えて動く事は忘れずに
がんばっていきたいと思いま〜す


広報 おまけ

広報の記事の為に
各部活動の写真を撮ってストックしておくそうな。
当然 私は柔道部を撮ると声をあげました
だって 兄ちゃんいるんだも〜ん

お陰で兄ちゃんの練習風景も見れたし
写真も撮れたし 良かった良かった

どこかから 公私混同
なんて声も聞こえてきそうだけれど
それ位の恩恵あっても良いよね〜?(笑)


コラムの記事

広報で親からの思い・コラムに関してちと揉めていた
というのは、ほぼ出来上がった原稿に
副委員長
(以前私が委員長だった時も副委員長だった人)から
ダメが出たそうである。
長い・読み辛い・疑問は絞った方が良い等など
その多くに実は自分も同意する
しかし、もともとは感想を載せるのが目的だった物
それが膨らませすぎて
まとまりがなくなってきたんだよね
でも、それも原稿を書いた人たちの思い
その気持ちを大切にしたくて、
あえててんこ盛りのままの文章を載せた
だから その副委員長からのダメも
私としてはわかっていた事だ

「ダメがでたのだけれど」と投げかけてきた委員長に
私は結構ずばり、はっきりと意見を返した
文字だけなので
結構きつく感じられたのではないかと思う
でも、この人さすがだわ
全てプラスに返してくる

結局は、ほぼ元のまま行く事になったらしい
多少の削除はあるだろう
私自身はその文章に
特別どうしたいのこだわりも無いので
後は他の担当の人にお任せをした

こう言う事も
人の記事を文字として載せる時に
通る道だと思っている。
それを特別重荷として捉えるのではなく、
さらっとやり過ごせる彼女の感性に
羨ましい物を感じたのも事実である。