君たちへ

「私達は心を集めたいです。」
これは、他の学校の五年生とテレビ会議をしたときに、
「お金が集まらなかったらどうするんですか?」
と、聞かれた事への君たちの答えだね。
あの日、見に来ていた人達みんながその言葉に驚いた。
いいえ、それ以上に、
君たちの「本気」と「心の育ち」を感じたことだろう。
見に来ていた人達ではないね。
「このクラスはお金以上に心を大切にしているのが
素晴らしいと思いました」
他の学校の五年生も、
その後のもう一つの学校の六年生も、
そう言い、自分たちも頑張ろうと決意した。
そして今、離れていても、君たちと同じように
「自分以外の人」のために、自分たちで考え、
取り組んでいる。
心が繋がった瞬間だったね。
「これほどまでにまわりの状況を考え、
これほどまでにエネルギッシュに、
これほどまでに上の学年の子を相手に
堂々と、出来るんですね。」
「企画書を書いたり、
自治的に進めたりって事が小学校四年生の段階で、
できちゃうんですね。
しかもその中でしっかり問題解決している。」
名古屋から君たちを見に来た四人の研究員の先生達も、
そう言って驚いていた。
君たちは感じていたんだよね。
郡司ななえさんとペリラに出会い、
アイマスクの体験をし、調べていく中で、
目の不自由な人がどんな思いで生活をし、
盲導犬がどれほど必要なのかを。
人間として心で感じたからこそ、
みんなで協力し、みんなで分担して、
自分のやるべき事を
責任を持ってとり組むことができるんだよね。
君たちのその心は、その取り組みは、
先生が教育学会というところで発表したときにも、
多くの学者が認めていた。
「他者との共生がここにある。
それは受け身ではなく、
自ら発する活動と同時に、
共感的広がりのある活動としての展開。
それを具体化するために知的思考を駆使する児童。
これからの時代に重要な学習の姿がここにある。」と。
難しいね。
君たちが目の不自由な人や
他の学校の人と共に生きようとする姿や、
自分たちから行動し、
他の人と心をつなげていこうとする姿、
そしてその為に自分で考えてとり組む姿を
誉めてくれているんだよ。

君たちはこんなことを言われなくても、
この一年半、当たり前のようにやってきたんだよね。
「クラスの一人一人が心を大切にして、
活動に取り組むクラスです。
ハートフル大作戦やスマイル大作戦など、
周りの人が笑顔になるようにと願いを込めて、
みんなとり組んできました。
活動の中では、
一人一人が悩んで悩んできました。
でも、みんなでやり遂げた時は、
みんなの心が一つになって、
素晴らしいクラスだと思いました。
人間らしさを見つけ、
太陽みたいに明るく暖かい人になる。
これが僕たちの目標です。」
これは、クラス自慢の言葉だね。
自分で考える。みんなと共に生きる。
そんなことが呼吸をするように
当たり前になってきている。
ほら、だからそんな姿は、
総合時な学習の時だけじゃないもんね。
理科の「水って何?」
身近な水の不思議についてじっくり考える君たちの横顔。
国語の「ごんぎつねディスカッション」。
相手の考えを聞き、
自分の考えを深める君達の瞳。
算数の難しい問題。
最後まで諦めない君達の口元。
バリアフリーやポートボール。
学年の人達と協力してとり組む君達の笑顔。
音読大会。スーッとグループに分かれ、
心豊かに音読し、
心和やかに聞き入る君達の後ろ姿。
みんな、当たり前なんだね。
どれ一つとってもすごいことなのに、
君達は呼吸をするように当たり前にやり遂げてしまう。
でも、これは三年生の初めの頃には想像できなかったよね。
それを成長と言うんだ。
君達は自分で考えて、周りの人と一緒に生きて来たから、
当たり前のようにできるんだよ。

当たり前・・・人間として、
当たり前・・・人間らしさ
「人間らしさを見つけ、太陽みたいに明るく温かい人になる。
これが僕たちの目標です。」
本当にその通りになっているね。
誰かのセリフではないけど、
君達は、
「自分で自分を誉めてあげる資格がある。」と、
この一年半の君達を見てきて、先生は思う。


君達へ。

君達に、前に桜の話をしたね。
桜は寒い冬の今も、
春に花を咲かせるために人知れず準備をしている。
葉が一枚もない木の中でピンク色の樹液を創り出している。
人間も同じだよ。君達も同じだよ。
さあ、目指すはこのクラスの卒業式!
ヒューマンプロジェクト最終回!
三学期は花を咲かせる準備だよ。
                           平成13年12月25日
                           君達の担任